「家族が集まる家」って、誰のため?
こんにちは、村上です。
前回は書いたのは夏の始まり、あっという間に、秋になってしまいました。
朝晩の空気がずいぶん冷たく、
日が暮れるのも早くなり、夕方になると、少しずつ冬の気配を感じます。
こんな季節になると、家の中で過ごす時間が増えてきますよね。
家族が集まる時間も、自然と増えるのかなと思いますが、
我が家はというと、そうでもありません。
我が家には、娘が二人います。
一人は反抗期。 もう一人は大学受験です。
反抗期といっても、娘とはよく話します。
学校のこと、陸上のこと、友達のこと。
「今日こんなことがあってさ」
と、楽しそうに話してくれることもあります。
だから、仲が悪いわけではありません。
ただ、こちらの言うことは、ほとんど聞きません。
「試験勉強、しておいたほうがいいんじゃない?」
「分かってる」
「その服、明日寒くない?」
「大丈夫」
「スマホ、そろそろやめたら?」
「今やめようと思ってた」
……たぶん、私が言わなくても本人は分かっています。
分かっているけれど、言われたくない。
親の言う通りにするのが嫌なのです。
一方、受験生の娘には、何も言えません。
毎日、机に向かっています。
遅くまで勉強して、朝も起きて、また勉強しています。
そんな姿を見ていると、
「勉強しなさい」
なんて、とても言えません。
むしろ、
「もう少し休んだら?」
と言いたくなります。
でも、それも簡単には言えません。
本人が抱えているプレッシャーを思うと、ただ見守るしかないのです。
そんな二人なので、最近は家族みんなで夕ご飯を食べることが、ほとんどありません。
陸上の練習。 試合。 塾。 模試。 勉強。
それぞれに予定があります。
子どもが小さい頃は、家族で食卓を囲むことが当たり前でした。
「今日は何があった?」
そんな話をしながら、みんなでご飯を食べました。
それが、いつの間にかなくなっていました。
でも、不思議と寂しくはありません。
それぞれが、自分の時間を一生懸命に生きている。
そう思うと、むしろ頼もしく感じます。
「家族が集まる家」という言葉があります。
私もこれまで、そんな家を考えてきました。
でも、今の我が家を見ていると、家族はいつも集まっていなくてもいいのだと思います。
夕食がバラバラでもいい。
それぞれが自分の部屋にいてもいい。
親の言うことを聞かなくてもいい。
疲れて帰ってきて、冷蔵庫を開ける。
「ただいま」と言う。
たまにリビングで顔を合わせる。
家族が集まる家というより、
家族が帰ってくる家。
今の私には、そんな家のほうがしっくりきます。
今日も、家族全員で夕ご飯を食べることはありません。
それでも夜になれば、みんな帰ってきます。
それぞれの一日を終えて、同じ家に帰ってきます。
それでいい。
今は、それが我が家にとっての「家族が集まる」ということなのだと思います。
なーんて事を、秋の夜長に子供達を待ちながら考えました。
